大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)26232号 判決 1999年10月01日

原告

芹澤正信

被告

初芝信正

主文

一  被告は、原告に対し、一九四万四五二〇円及び内一七四万四五二〇円に対する平成九年一〇月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三四四万〇一九四円及び内三一四万〇一九四円(弁護士費用としては請求している三〇万円を前記金額から控除したもの)に対する平成九年一〇月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、以下に述べる交通事故につき、原告が被告に対して民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法三条に基づき損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故(以下、「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 平成九年一〇月四日午後八時一五分ころ

(二) 場所 東京都港区六本木四―一首都高速三線上道路上

(三) 加害者 普通乗用自動車(千葉三三る二九八三、以下、「加害車両」という。)を運転していた被告

(四) 被害者 普通乗用自動車(品川三五と八七六五、以下、「被害車両」という。)を運転していた原告

(五) 態様 前記首都高速上を銀座方面に向かっていた原告運転の被害車両が、前記事故現場において交通渋滞のため停止した際、被告運転の加害車両が被害車両の後方から追突した。

2  責任

被告は、加害車両を運転するに際し、前方を注視し事故を回避する義務があったのにこれを怠って被害車両に追突したもので、民法七〇九条により原告の被った損害について賠償すべき責任がある。また、被告は、加害車両の所有者であり、自己のために加害車両を運行の用に供していたから、自賠法三条により原告の本件事故による人身損害を賠償すべき責任がある。

3  傷害結果

本件事故により、原告は、頸部、背部、腰部捻挫の傷害を受けた。

二  争点

本件の争点は、被告が賠償すべき損害額である。

第三当裁判所の判断

各損害額ごとに、必要な限度で当事者の主張を簡潔に示しつつ、当裁判所の判断を示すこととする。なお、結論を明示するために、各損害ごとに当裁判所の認定額を冒頭に記載し、併せて括弧内に原告の請求額を記載する。

1  治療関係 一九万五五五〇円(原告の請求どおり)

金額については当事者間に争いはない。

被告は治療期間の相当性について疑問を呈するが、原告が東邦大学医学部付属大橋病院(整形外科及びリハビリテーション科)に通院した期間(整形外科が約五か月半、リハビリテーション科が約三か月)、回数(整形外科が二〇回、リハビリテーション科が一六回)と原告のその時々の症状及び治療内容(乙第三号証)を検討すれば、これが不当・過剰な治療であったとは到底言えず(たとえば、リハビリテーション科の最後の通院となった平成一〇年一月二七日においても、担当医師は週二回以上のリハビリをもう少し続けた方が良いと考えていたことが明らかである。乙第三号証)、最終的には後遺障害の残存を見ずに治療が終了したことを併せ考慮すれば、原告の受けた治療は全体として相当なものであったと認めることができる。

2  通院交通費 五万〇八二〇円(二四万六三七〇円)

原告の請求額は、通院費として二四万六三七〇円を請求しているが、これは被告の指摘するように治療費一九万五五五〇円を含んでいるものと認められる(実質的には当事者間に争いはない。)のであり、通院に要した交通費としては五万〇八二〇円である。

3  休業損害 九四万八一五〇円(一八七万八二七四円)

(一)  原告は、本件事故による傷害のために、原告が代表者を務める会社から合計九日間の欠勤及び三五日間の通院(一七日間の欠勤扱い)を要したとして、合計一八七万八七二四円の減給となったとして、右金額を請求している。

(二)  これに対して被告は、次のとおり主張している。

(1) 本件事故が軽微なものであったこと及び原告の傷害内容からすれば、本件事故と相当因果関係のある休業期間は事故後一〇日程度の数日間に限定されるべきである。

(2) 通院二日につき一日の休業とすることは、原告が現実に当日に出勤していることや、原告の勤務する会社が渋谷区神泉で、通院先が目黒区大橋であり、僅かな時間で通院できることから、そのような扱いをすることは許されない。

(3) 休業補償の対象は、原告が役員報酬を受けていることから、右報酬のうちの労働対価部分に限定されるべきであり、本件原告の場合は報酬の二―三割である。

(三)  以上の主張の対立を前提に検討する。

(1) まず、被告の主張(1)は、治療の相当性の検討において、原告の主張している治療期間が全体として相当であると判断されることから見て、もはや検討の必要がないと言っても良いものであるが、念のため付言する。

事故の軽重と受傷の軽重は、特に頸部捻挫の場合は、必ずしも厳密に比例することはなく、当初の診断やカルテの記載の一部のみを自己に有利に援用するような主張(被告の準備書面(一)はそのような主張が多い。)は、全体の治療経過を無視するもので採用できない。

被告の主張する、就業が全く不可能な期間が平成九年一〇月六日から一三日とされている(乙第三号証二三頁)のは、その記載どおり、その期間は就業が一〇〇パーセントできなかったことを医学的意見として付したものであり、それ以外の期間で一〇〇パーセントの就業が可能であったことを示すものではない。被告の主張は誤解に基づくものか曲解したものと言わざるを得ない。

(2) 被告の主張する(2)及び(3)の点は、ある限度においては正当である。

原告は、原告が株主である訴外株式会社タオヒューマンシステムズ(以下、「訴外会社」という。)の代表者であることから、その役員報酬には利益配当に該当する部分が含まれていると考えられる。人身損害賠償の休業損害の対象となるのは、原告の労務提供の対価に該当する部分に限定されると考えるべきである。

訴外会社は、コンピューターゲームソフトの企画・開発を業務とする本件事故当時従業員一〇名、アルバイト一〇名の平成五年に設立された小規模な会社であり(原告本人、甲第八号証)、原告は、右会社の交渉・企画・管理全般にわたり現実に労務を提供しており、原告の交渉能力、ゲームソフト開発のための専門的な知識・技能が訴外会社の営業に必要不可欠であると考えられる(原告本人等)。したがって、原告の役員報酬の中に占めるいわゆる労働対価部分は七割を下ることはないと判断される。

また、通院実態としては、被告の主張するように、通院期間全体について欠勤は丸一日休業、通院二日で一日休業扱いする事も相当とはいえない。

原告は、本件傷害により別紙通院・欠勤カレンダー記載のとおり、欠勤または通院をしたものと認めることができる(原告本人、甲第四号証、第五号証、第七号証)が、原告の症状、勤務実態、通院経過、勤務先と通院先の場所的関係、さらには治療内容等を総合的に判断すれば、平成九年一〇月中の欠勤(四日)は一〇〇パーセント、逆に平成一〇年二月および三月の通院(五日)については三〇パーセント、その余の欠勤および通院の合計三四日については五〇パーセントの休業を余儀なくされたものと認めるのが相当である。

原告は、本件事故当時、月額一四四万四八二五円の役員報酬を受けており(ボーナスはなし、甲第七号証、原告本人)、原告が少なくとも二四日は仕事に出ていた(原告本人)ことからすれば、前記の原告の労働対価部分を考慮した原告一労働日当たりの実労働収入は、

一四四万四八二五円×〇・七÷二四=四万二一四〇円

したがって、休業損害としては、

四万二一四〇円×(四+三四×〇・五+五×〇・三)=九四万八一五〇円

となる。

(3) なお、被告は、原告に現実に収入減があったかどうか疑問であるとして、訴外会社が収益減になっていることが原告の休業損害を認定する上で必要であるかの如き主張をしているが、中小企業の代表者とはいえ、企業と個人は別の法人格であり、休業損害の相当性の問題を指摘する趣旨であればともかく、答弁書の記載文言どおりの主張をする趣旨であるとすれば、まさに暴論である。問題となるのは、代表者等が休業したためにその勤務する企業が代表者等の個人とは別個に損害を被った場合に、右企業損害についてどこまで加害者が賠償責任を負うかという点であり、その逆に、企業に損害が生じていないという理由によって代表者等の個人の損害を否定することは、労働対価部分に限定して休業損害を考察している以上、考えられないことである。

4  慰謝料 五五万円(八二万円)

原告は、平成九年一〇月六日から同一〇年三月一九日までの間に、頸部・腰背部挫傷により合計三五日通院し(一日のうちに整形外科とリハビリテーション科の両方を受診した日が一日ある。)、また、最終通院日は単なる経過観察のみであった(乙第三号証)から実通院日数は三四日と評価すべきところ、通院回数の割に通院期間が長期化しており、症状が頸部痛中心でこれといった他覚所見に乏しいものであった(乙第三号証)から、通院期間としては実通院日数の三倍である一〇二日とみて、これに相当な通院慰謝料は五五万円とすべきである。

5  小計 一七四万四五二〇円(三一四万〇一九四円)

6  弁護士費用

原告が本件訴訟の提起、追行を原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、本件事案の内容、審理経過、認容額等の諸般の事情を考慮すれば、被告が賠償すべき弁護士費用は二〇万円とするのが相当である。

7  合計 一九四万四五二〇円

第四結論

以上のとおりであるから、原告の請求は、一九四万四五二〇円及び内一七四万四五二〇円に対する平成九年一〇月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 村山浩昭)

通院・欠勤カレンダー

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例